小野晃征選手

第80回 小野晃征

PROFILE

小野晃征(おの・こうせい)

生年月日:1987年4月17日。愛知県出身

日本代表キャップ数:32

RWC出場歴:2007、2015

ポジション:SO

 

▼ラグビー略歴:NZバーンサイドRFC(5歳~)→クライストチャーチボーイズ→福岡サニックス(2007-11)→サントリーサンゴリアス。U19カンタベリー州代表、日本A代表

 

 小野選手は名古屋生まれですが、3歳のとき、家族でニュージーランドに移住し、オールブラックスを多数輩出するクライストチャーチボーイズ高校でレギュラーポジションを獲得するまでに成長しました。20歳で日本代表に選出され、2007年のRWCでプレーしましたが、2011年のRWCにはメンバー入りできず、エディー・ジョーンズ日本代表ヘッドコーチに再び召集され、プレーメイカーとして欠かせない存在となります。171㎝、82㎏とけっして恵まれた体ではありませんが、RWC2015の南アフリカ戦勝利でもクレバーなプレーで味方を走らせ、巨漢選手に低いタックルを決め続けました。小野選手にとってのRWCとは。そして、11月にロンドンで開催されたラグビーアスリート会議に参加した様子もお伺いしました。

 

ラグビーアスリート会議に出席
大切な、INTEGRITYとは

 

 11月にロンドンでラグビーアスリート会議が開催されました。選手は、11名。男女の15人制、セブンズの選手達が来ていました。7人制ラグビーがオリンピック種目になったのを機に立ち上げられたもので、今回が2度目。簡単に言えば、世界の選手会とワールドラグビー(旧・IRB)の話し合いです。自分は世界のラグビー選手の一人として参加してきたのですが、サッカーのFIFAの金銭問題や自転車のドーピングの問題など、スポーツ界で様々な問題が起こっています。ラグビーも、今後大きなお金が動くようになると、同じような問題が起こる可能性があるし、もっと組織と選手が協力してラグビーというブランドを守って行こうというような内容でした。

RWC2015では、「ティア1」(北半球のシックスネーションズ=イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランド、フランス、イタリア)、南半球のザ・ラグビーチャンピオンシップの国々=ニュージーランド、南アフリカ、オーストラリア、アルゼンチン)の国だけではなく、その下の「ティア2」の国々も強くなっていることを証明しました。ティア1は選手会組織も強いし、ラグビーの普及プログラムなども充実していますが、ティア2はそうなっていない。

 たとえば、ティア1のニュージーランド(NZ)からはヴィクター・ヴィト選手が来ていましたが、ラグビーをどう盛り上げるかという点で、NZでは協会と選手のアイディアが合致している、と。NZ協会が、ラグビーを国技として国民がプライドを持てるブランドイメージを守ろうと考えていることに対して、選手もグラウンド内外でポジティブな行動を心掛ける。ティア2もそういった方向に近づけていこうということです。

 話をしていて感じたのは、ラグビーはグローバルなスポーツとしてはまだ新しいのだということです。ラグビーが大事にしようとしているのは、INTEGRITY(品位)です。お酒のトラブルなど、ラグビーのマイナスになることは、すべて、INTEGRITYが良くない、という言い方をします。注目されている選手達がラグビーのINTEGRITYをどうやって守るかを考えていかないといけない。すごく大事な会議だと感じました。

 

明確なプランがあった南アフリカ戦
ラグビーは人々に勇気を与えるスポーツ 

 

 南アフリカ戦の勝利について振り返ると、エディーさん(ジョーンズヘッドコーチ)のゲームプランが明確だったので、練習してきたことがそのままできた試合でした。南アフリカは、常に自分のスタイルを持ってプレーするチームなので、分析通りだったし、戦いやすかったです。想定外のことはほとんどなく、プレーメイカーとして簡単な試合でした。

 

 

 難しかったのは、最後のアメリカ戦です。自分は南アフリカ戦とサモア戦の2試合の出場でアメリカ戦が3試合目でしたが、多くの選手は4試合目だった。フィジカルのダメージもあったし、前日に勝ち点の関係で準々決勝には進出できないということが分かっていた。モチベーションが難しい試合でした。

 もし、僕がアメリカ代表の立場だったら、すでに3敗していたし、絶対に1勝をあげたいと必死で戦います。日本代表も、そこまで3敗していたとしたら、24年間もRWCで勝てないチームとして、何がなんでも勝とうとするでしょう。そういう気持ちを忘れてはいけないと思っていました。

 アメリカ戦の序盤のスクラムで、トンプソン ルークとアイブス ジャスティンが膝に手をついていた。それを見て、戦い方を考えないといけないと感じました。70%のテンポで常に戦うのではなく、テンポアップは、100%上げ、休む時間は全員で共有してコントロールする。たとえば、五郎さん(五郎丸歩)がタッチキックを蹴るときに、10秒でも20秒でもいいから、FWとサインを確認するなどして間を置いてもらうとか、ラインアウトに歩いて行くなど、数十秒違うだけで疲労度は変わってきますから。

 

アメリカ戦その2

 

 決勝トーナメントに行けなかったのは悔しいけれど、選手、スタッフ、ファンも含め全員が100%の力を出し切ったと思うし、南アフリカに勝ったことで自分たちのスタンダードも上がった。これ以上はできなかったと思います。

 南アフリカに勝ったときは、NZの友人からもたくさんメールが来ましたし、NZメディアの取材も受けました。カーン・ヘスケスも大きく取り上げていましたよ。ありえないことが起こったという取り上げ方ですよね。

 僕は田中史朗さんとルームメイトだったのですが、南アフリカ戦の前、「勝っちゃったら、帰ろうか」って冗談で話していました。試合後は、「勝っちゃったよ、どうしよう」って(笑)。でも、次も勝ってスタンダードを落とさないようにしないとねって話しました。

 

日の丸をもって

 

 今回感じたのは、ラグビーは多くの人に勇気を与えるスポーツだということです。こんなに人を喜ばせることができて幸せを感じました。自分と家族と仲間のために戦ってきましたが、今回のことで、もっと大きく、世界中から注目され、世界のラグビーを盛りあげることができた。ラグビーはどんな体格でもできます。大きければ相手を吹っ飛ばせばいいし、ステップが切れる人は横に抜いていく。僕は背が低いから、もぐって抜く。高い姿勢から低い姿勢になって、相手の目線から消えるような動きを意識しています。今後も日本代表でできるかぎりプレーしたいし、日本だけではなく、NZの子供たちなど、誰かに勇気を与えて、ラグビーの素晴らしさを伝えられたら嬉しいです。

 2019年の日本大会も、ファンに勇気を与え、ラグビーの素晴らしさを伝えるものにしたいですね。多くの人に見てほしいです。

 

TEXT by KOICHI MURAKAMI

 

小野選手インタビュー

 

インタビューはこちらの動画でもお楽しみいただけます。