日和佐選手

第78回 日和佐篤

PROFILE

日和佐篤(ひわさ・あつし)

生年月日:1987年5月22日。兵庫県出身

日本代表キャップ数:51

RWC出場歴:2011、2015

ポジション:SH

 

▼ラグビー略歴:兵庫県ラグビースクール→報徳学園高校→法政大学→サントリーサンゴリアス。2011年4月30日(対香港)、テストマッチデビュー。

法政、サントリーと素早いパスワークで攻撃のテンポを作り出してきた日和佐選手は、日本代表でもその能力を発揮。2011年のRWCでは、現地の新聞でベストフィフティーンに選出されるほど高い評価を受けます。2015年のRWCでは田中史朗選手の控えで交代出場が多かったものの、歴史的勝利となった南アフリカ戦では、後半、交代出場し冷静なパスさばきで逆転トライを生みました。日和佐選手には、RWC2015での一番印象に残ったシーンから聞いてみたのですが、意外にも答えは、南アフリカ戦ではありませんでした。

 

FW陣の壮絶な練習と努力が生きた
感動のペナルティートライ

 

RWC2015でふと思い出されるシーンは、サモア代表戦の後半、スクラムでペナルティートライを獲ったところです(※ペナルティートライ=その反則がなければレフリーがトライになったと認めたもの)。
僕はリザーブ席からそれを見ていたのですが、FW陣が壮絶な練習をし、努力し続けた結果があのトライだったのです。9番(SH)は、FWと一緒に練習することが多くて、身近でその努力を見てきました。もともと弱いと言われていたスクラムを4年かけて強化した。いったん落ちたスクラムを稲垣が頑張って押し込んだ。レフリーの笛を聞いて、嬉しかったし、感動しました。

 

南ア戦

南アフリカ戦では、僕は後半26分、交代出場したのですが、それまでベンチで見ていて「勝てる」と感じていました。だからあとは自分の役割を果たすだけでした。南アフリカは日本代表のディフェンス、アタック(攻撃)両方を嫌がっているように見えたし、最後の20分は足が止まっていました。心がけたのは、攻撃のテンポをしっかり上げること。冷静にいつも通りプレーすることです。緊張することはありませんでした。なぜ緊張しなかったかといえば、いい準備ができていたからです。普段のテストマッチとは観客の雰囲気も違いましたが、グラウンドに立つと観客の声もほとんど聞こえず、プレーに集中することができました。

最後のスクラム選択は15人みんながそう思っていました。ただし、少し押されたのでドキッとしましたね(笑)。

22mラインの中で攻撃するときは、ディフェンス側はラッシュしてきます。最後の攻撃は短いパスで一つずつポイントを作って、最後に外側で勝負できたらなと考えてパスをさばいていました。一度左に行ってから、右、右、右に攻め、最後もう一度右のタッチライン際にボールを運ぼうとしたら誰も来ない。やはり疲れていたのでしょう。仕方なく折り返そうとしたときにリーチが走りこんできてくれた。それでリーチが行ってラックになって、そこから左に折り返しました。

普通にハル(立川理道)にパスするとハルにプレッシャーがいくだろうと心配したのですが、五郎さん(五郎丸歩)とカベさん(真壁伸弥)がデコイ(囮)で走り込んできてくれてディフェンスが止まった。これはハルに放るしかないと。その後、パスが回るのを見ていたのですが、ナキ(アマナキ・レレイ・マフィ)がハンドオフを使ったので、ちょっと危ないと思いました。マレ(マレ・サウ)、カーン(カーン・ヘスケス)と順番にパスしてもトライまで行けたと思います(※実際には、ナキからヘスケスでトライ)。

トライの瞬間は、すぐにカーンに駆け寄りました。4番目くらいだったかな。僕の前に高澤ドクターが抱き着いていましたね(笑)。4年間、しんどいことをやってきたので、すごく嬉しかったです。「嬉しい」という言葉だけでは片づけられない想いでしたね。

 

南ア戦逆転勝利の瞬間

 

いい準備をしたから3勝できた
2019年に向け、いいパフォーマンスを続けたい

 

試合後、LINEでメッセージがたくさん入ってきて、みんな、こんなに遅い時間(日本時間、未明)に見ていてくれたのだと驚きました。

目標の決勝トーナメントには進めませんでしたが、史上初の3勝1敗という戦績があげられたのは、対戦相手が決まってからの一年できっちり準備できたからだと思います。

南アフリカ、スコットランド、サモア、アメリカに対してそれぞれどう戦うか、週ごとに相手の想定を変えて、日本のプレースタイルもところどころ変えて練習した。それが明確だったから自信をもってプレーできたと思います。改めて準備の大切さを感じました。

南アフリカ戦の最後は、サントリーのチームメイトでもあるSHフーリー・デュプレアが交代で出て来ましたが、正直言うと、彼には出てきてほしくなかったです。いい選手だし、チームは必ず良くなる。実際に攻撃のテンポは良くなりましたね。

フーリーは、ゲームのコントロールが素晴らしいし、いつ、どの選手を使い、いつキックを蹴るかの判断もいい。ゲームをコントロールするという面では僕も彼から学んでいます。とにかく勝ちたい、ベスト8に行きたいと思い続けていました。最後のアメリカ戦は決勝トーナメント進出が無理だと分かっていましたが、日本代表の誇りにかけて、3勝しようという気持ちでした。

 

スコットランド戦日和佐選手

帰国後、ラグビーの注目度が高まっているのを実感します。駅で声をかけられることも増えました。すごくやりにくい(笑)。でも、連日メディアでラグビーが取り上げられるのはありがたいです。

トップリーグの開幕戦(対パナソニック)では、試合後、競技場を出ようとしたところでファンの皆さんに囲まれて驚きました。今までは簡単に出られましたからね。

決勝トーナメントに行けなかったことは悔しいし、2019年の日本大会では当然、ファンのみなさんも期待するでしょう。

RWCは4年に一度、世界中の選手が照準を絞って戦う大会です。すべての試合がお祭りのようでもある。ただし、自分の中では、4年後はまだ想像できません。まずは、トップリーグでいいパフォーマンスをするということを一番大事にしています。

プレーヤーである以上、日本代表は目指したいし、選ばれるためにも、いいパフォーマンスを続けたい。まずは、サントリーでいい結果を残せるようにベストを尽くします。

個人的に日本代表選手は注目される存在だと思いますし、より一層、自立してしっかりやっていきたいと思います。子供たちにいい影響を与えられる選手であり、人間になっていきたいですね。

 

TEXT by KOICHI MURAKAMI

 

インタビュー後

日和佐選手のインタビューはこちらの動画でもお楽しみいただけます。