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【RWC2015特別レポート】第7回 日本へ想いをつなげ、ラグビーワールドカップ2015閉幕 円熟味を感じたオールブラックス連覇とラグビー愛

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観客数は史上最多の247万4584人
大成功の大会を締めくくったSBWの粋な計らい

 

 10月31日、ラグビーワールドカップ(RWC)2015は、44日間におよぶ全日程を終了した。全48試合で観客数は史上最多の247万4584人。各都市に公式に設けられたファンゾーンにも、100万人以上が訪れたという。まさに史上最大の成功を収めた大会となったわけだ。そして、その頂点に立ったのは、ラグビー王国ニュージーランド代表オールブラックスだった。史上初の連覇、前人未到3度目の頂点である。

 

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 午後4時にキックオフされた決勝戦前のセレモニーは華やかだった。1999年RWC優勝のオーストラリア代表キャプテンだったジョン・イールズ氏とファッションモデル、女優として活躍する岡本多緒さんが優勝トロフィー「エリスカップ」をピッチ上に設置。両国の選手が大歓声のなか登場する。直後に英国空軍のアクロバットチーム「レッド・アローズ」が編隊飛行で現れてトゥイッケナム上空を華やかに彩った。国歌斉唱、オールブラックスのハカと、次々に行われるセレモニーが観客の興奮をたかぶらせた。

 

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 試合は世界ランキング1、2位の戦いにふさわしく、スピーディーで質の高いものになった。一瞬たりとも目の離せないターンオーバー合戦あり、互いの隙を狙う高度な攻防ありで、初心者から長年のラグビーファンまでも楽しませる内容だった。オールブラックスが奪った3トライは、どれもインパクトがあったが、前半39分のWTBネヘ・ミルナースカッダーのトライは特筆すべきものだった。連続攻撃でオーストラリア陣深く入ったオールブラックスは、グラウンド中央よりやや右のラックから、SOアーロン・スミスがボールを出す。このあと、CTBコンラッド・スミス、再び、アーロン・スミス、リッチー・マコウ、ミルナースカッダーに流れるようにパスが渡ったトライは、一人一人がディフェンダーの動きに応じて走るコースを変えており、オールブラックスの熟練の技が凝縮されていた。何度でも見返す価値があるだろう。追い上げたオーストラリアも立派だったが、この日はオールブラックスがすべてにおいて上回っていた。

 

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表彰式のあと、心温まる出来事があった。観客に応えてピッチを一周する選手達に触ろうと興奮した少年がグラウンドに走り込んだ。あまりに勢いよく飛び出してきたので、静止しようとする警備員がタックルする形になった。転んでしまった少年に手を差し伸べたのは、CTBソニー・ビル・ウィリアムズ(SBW)だった。SBWは優しく少年の肩を抱くと、警備員に引き渡すことなく自ら少年を観客席の家族の元に連れて行った。そして、笑顔で優勝メダルをプレゼントしたのだ。最初は見せてもらえただけだと思っていた少年は、もらったものだとわかると飛び跳ねて喜んだ。

 SBWは「彼にとってこの夜が忘れられないものになれば良いね」とコメント。応援するオールブラックスが優勝した最高の夜を、落胆で終えてほしくないという心遣い。オールブラックスきってのイケメン選手の、イケメン過ぎる行動が、史上初の連覇をひときわ輝かせた。

 

生きざまを感じた各選手の献身的プレーの数々
閉会式でも披露された日本代表の雄姿

 

 決勝戦を見ていて感じたことは多々あるが、感銘を受けたのはラグビー、そして人生においても経験豊富な選手達の献身的なプレーだ。決勝戦で際立っていたのは爆発的な突破力を誇るジュリアン・サヴェア(ニュージーランド)や、天才的アスリートのイズラエル・フォラウ(オーストラリア)ではなく、オーストラリアのFLスコット・ファーディーをはじめとする仕事人達であり、2人で197キャップを誇るCTB、マーア・ノヌ、コンラッド・スミス、148キャップ目のカリスマキャプテン、リッチー・マコウ(ニュージーランド)といったベテランだった。

グラウンド上の経験だけではなく、その生き様がプレーににじみ出ている気がした。ファーディーは、岩手県釜石市で東日本大震災を経験し、その後も母国に帰ることなく日本に残って救援活動をした。ターンオーバーを連発したデヴィッド・ポーコック(オ―ストラリア)は政治的な活動でも知られる。母国ジンバブエでの貧しかった少年時代を忘れることなく、今もジンバブエの子供達を助ける運動を続ける。志を持って生きる選手達の渾身のプレーと、経験豊富な選手達の円熟味あるプレーに何度もうならされた。

 

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 最終スコアは、34-17。34点中、19得点をあげてマン・オブ・ザ・マッチ(最優秀選手)に選ばれたダン・カーター(ニュージーランド)も特別な思いで戦っていた。世界最高のSOという称号をほしいままにしながら、4度目のRWCで初めての決勝戦だったのである。2003年大会は控えメンバーに甘んじ、2007年大会は準々決勝でフランスに敗退。満を持して臨んだ自国開催の2011年大会では、チームは優勝したものの、カーターは大会中の怪我により松葉杖姿で表彰式に臨んだ。

決勝戦前日、彼はこう話していた。「僕はオールブラックスのジャージーを着ることが何よりも好きだ。2011年の大会は、怪我でどん底だった。でも僕はまだまだNZラグビーに貢献したかった。だから、NZ協会と2015年までの4年の契約更新をした。それがここまでの原動力だった。その後も怪我で苦労したし、もう終わりだと思ったときもあったけど、チームメイト、コーチ陣に支えられてここまで来ることができた。明日は彼らに恩返ししたい」

 その言葉通り、大事なPG、ドロップゴールをすべて決めてチームを頂点に導いて見せた。プレースキックを狙う時の顔が、いつもより厳しく見えたのは気のせいではないだろう。

 南アフリカ代表を破った日本代表選手にも、2007年、2011年大会の悔しさを知る大野均、トンプソン ルークがいた。2011年の悔しさを胸にスーパーラグビーに挑戦した田中史朗、堀江翔太、リーチ マイケルがいた。勝つために何をすべきかをとことん考え、身体を張ってそれを実現しようとした彼らがいたからこその快挙だった。

 RWC2015に出場したチームの多くがプロ選手で固められている。しかし、その戦いを見ていると、プロもアマも関係がないことがわかる。彼らはラグビーを愛し、ともに努力を重ねてきたチームメイトと喜びを分かち合うために懸命に戦っていた。そして、観客は、その一つ一つを心ゆくまで楽しんだ。

 ダン・カーターは、試合前日、プレースキックの調子について質問されて、こう答えている。「この一週間はいつも通りのルーティンで練習していた。5歳くらいのとき、自宅の庭でやっていたキック練習を思い出していたよ」。ただ楽しくて、無心で蹴っていた頃の気持ちを思い出したからこそ、すべてのキックが決まったのかもしれない。勝つために周到な準備をした上で無心にプレーする選手たち、その姿をまっすぐに見守る観客。2019年の日本大会でも、そんなスタジアムの雰囲気を味わってみたい。そう感じさせるRWC2015の決勝戦だった。

 

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 激闘の余韻に浸るスタジアムに、4年後の日本大会を紹介する映像が流れた。富士山や東京タワーといった日本の名所に日本代表の南アフリカ代表戦のトライなどが挟み込まれる。次大会の紹介映像に日本代表の雄姿が次々に映し出されるのは気持ちの良いものだ。2階席に「想いをつなげ」、「日本でお会いしましょう」の文字が躍った。日本代表の活躍が、今大会の盛り上がりだけでなはなく、ラグビーのグローバル化をも明るく照らしたのは間違いない。2019年大会は、アジアで初めて開催されるRWCである。日本代表の奮闘を、その成功につなげよう。

  TEXT by KOICHI MURAKAMI