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【RWC2015特別レポート】日本代表の守護神・五郎丸歩の矜持
ラグビー世界一決定戦に抱く思いとは

南アフリカ代表からの歴史的勝利以来、ラグビー日本代表への関心がかつてなく高まっている。スポーツメディアだけではなく、テレビのワイドショーやバラエティー番組でも、「ラグビーワールドカップ(RWC)」という言葉を聞かない日はない。僕も一時帰国して、激変したラグビー環境に戸惑ったほどである。なかでも飛び切りの人気を誇るのが五郎丸歩だ。南アフリカ戦ではチームの勢いを引き出す快走、プレースキックにと大活躍し、24得点をあげた。続くスコットランド戦でトライを防いだ勇敢なタックルは、その人気をさらに高めた。185㎝、99㎏という恵まれた体格も、強豪国のフルバックとそん色なく、10月1日現在、RWC2015の個人得点記録で首位に立つ(29点)。今や、GOROMARUは、世界に知られる存在となっているのだ。

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子供たちにラグビーを続けてほしいと願う
ラグビーへの愛情はどこまでも純粋

 

試合後のインタビューなどでの落ち着いた語り口も日本での人気の要因だろう。もちろん、整った顔立ちも。これまでラグビーに関心のなかった皆さんは「ラグビーには、こんないい男がいたのか」と驚かれているかもしれない。しかし、そのイケメン・キャラは今に始まったことではない。五郎丸歩はずっとイケメンだったのだ。

 

2009年9月にチケットぴあのWEBサイトで「トップリーグ男前列伝」という企画の取材を担当したことがある。早稲田大学を卒業した五郎丸が、ヤマハ発動機ジュビロに加入して2年目のシーズンだった。ヤマハ随一のイケメン選手ということでの登場だった。高校、大学と見てきた選手だが、初々しい受け答えと透き通るような肌の綺麗さ、端正な顔立ちがまぶしかったのを憶えている。以来、「ラグビーにイケメンはいますか?」という質問を受けるたび、五郎丸の名をあげてきた。

 

人見知りで、初対面の人には「怖い」という印象を与えることが多いようだが、打ち解けると滑らかに語り始める。茶目っ気もあり、南アフリカに勝利したブライトンのホテルの入り口に多数のカメラが並んだときは、笑顔でその様子を写真に収めていた。ツイッターか、フェイスブックで紹介するためだろう。男前列伝のインタビュー時は、ヤマハ発動機で主にラグビーをする契約社員。ほぼすべての時間をラグビーに注ぎ込んでいた。「僕が求めていた生活です。ラグビーに集中したかったし、子供達への普及活動もしたかった。ラグビーって仲間がたくさんできるでしょう。子供達にラグビーを続けてほしいんです」。

 

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南アフリカ戦の国歌斉唱で涙
夢の舞台でのびのびとプレー

 

五郎丸歩は、1986年3月1日、福岡で生まれた。3歳から2人の兄とラグビースクールに通い始め、小学4年から6年生の3年間はサッカーに打ち込む。これが現在のプレースキックの正確さにつながっているようだ。中学でラグビーに戻るのだが、その理由を「サッカーはボールを取られても、そのままやり返せずに試合が終わる。ラグビーはタックルなどでやり返すことができる。負けず嫌いの僕に合っている」と説明してくれた。

 

佐賀工業高校では3年連続で全国高校大会に出場し、早稲田大学では4年間で3度の大学日本一に輝いた。ヤマハ発動機が一時期、強化を縮小したため社業との両立をする正社員となったが、不動のフルバックとして試合に出続けている。トップリーグのレギュラーシーズンの得点記録は、2014-2015シーズン終了時点で998点。最後の試合で比較的簡単なゴールを1本はずし、1,000点に届かないところが人間臭く、好感を持った人が多かったかもしれない。2005年に日本代表デビューを果たしながら、2007年、2011年RWCの日本代表メンバーには選出されなかった。悔しい思いは当然だが、「自分の力が足りなかった」と素直に認める。2011年12月、エディー・ジョーンズヘッドコーチ体制がスタートすると再び選出され脚光を浴び始めた。

 

念願のRWCデビューとなった南アフリカ代表戦前日(9月18日)、報道陣の取材に応じた五郎丸はかつてない緊張感を漂わせていた。「これまでにない緊張感ですね。子供のころからの夢でしたから。明日も緊張すると思います」。翌日、桜のエンブレムが誇らしげに輝くジャージをまとい、苦楽を共にした仲間たちと肩を組み、国歌斉唱をする姿があった。あふれ出す涙が頬をつたう。気持ちが入りすぎではないか、萎縮するのではないか、そんな心配は無用だった。五郎丸は充実感あふれる表情で、走り、蹴り、タックルし、夢の舞台を思う存分駆け回った。

 

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もっとも過酷なラグビーで勝つことで
日本のスポーツ界全体に影響を与えたい

 

大会前、五郎丸はこんなことを言っていた。「今回のRWCで我々は新たな歴史を作ろうとしています。もっとも過酷なラグビーというスポーツで勝つことによって、日本のスポーツの歴史が動く気もしています。日本のスポーツ全体が、やればできるという感覚になってほしいですね」。有言実行。見事に歴史を作ってみせた。その顔は、RWC開幕後、さらに精悍さを増している。正確なプレースキックを生み出すルーティンワークについて問われると、必ずメンタルコーチの荒木香織さんの名前を出し、サポートしてくれた人への感謝も忘れない。長い時間をかけて熟成してきた選手だからこその余裕を感じさせている。

 

2009年のインタビューでは、将来の目標についても問いかけてみた。答えは「2019年のワールドカップ出場」だった。実は2009年7月に2019年大会の日本開催が決まっていた。ただし、五郎丸は当時、RWCに出られるかどうかわからない存在だった。それが10年後を語ったのである。「きっと若い選手達ばかりだから、それに負けない激しいプレーヤーでいたいです」。とことんラグビーを愛し、真剣に取り組んでいるからこその言葉だろう。

 

今は4年後のことなど考えず、目の前のRWCに集中しているが、スコットランド戦後には、チームメイトの気持ちを代弁している。「2019年のために日本を飛躍させよう、日本のラグビーを復活させようと4年間準備をしてきました」。そのために懸命に戦っているわけだが、そこに悲壮感はない。報道陣から相手チームにマークされる存在になったことを問われると、笑顔で「楽しんでいます」と答えた。自分の目の前にトップ選手たちが立ちはだかるシチュエーションに充実感をおぼえる。それも一つの才能だろう。

 

日本代表デビューから10年を経たとはいえ、まだ29歳である。2019年大会出場は現実的な目標だ。日本ラグビーの未来のため、五郎丸歩の挑戦は終わらない。

 

TEXT by KOICHI MURAKAMI