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栗原徹(くりはら・とおる)

栗原徹(くりはら・とおる)

生年月日:1978年8月12日。茨城県出身

日本代表キャップ数:27

RWC出場歴:2003

ポジション:WTB/FB

 

 

▼ラグビー略歴:茨城・清真学園中学校→清真学園高校→慶應義塾大学→サントリー(2001~07)→NTTコミュニケーションズシャイニングアークス(08~13)。現在はNTTコミュニケーションズのスキルコーチ

栗原徹さんは慶應義塾大学で学生日本一となり、サントリー、NTTコミュニケーションズで、FB、WTBとして活躍しました。しなやかなラン、正確なプレースキックで何度も勝利を呼び込んできました。日本代表としては2003年RWCに出場し、4試合すべてでピッチに立ちました。世界の大舞台で栗原さんは何を感じ、何を得たのでしょう。現在はNTTコミュニケーションズでスキルコーチを務める立場からの思いがあふれ出します。

 

2003年RWCのタウンズビルは、
まるで日本代表のホームのようだった

 

 ぼくは2003年、オーストラリアでのRWCに選んでもらいました。思い浮かぶのは、チームが約3週間滞在したタウンズビルが日本のホームタウンになっていったことです。
日本国内のテストマッチは別にして、それまでホーム&アウエーという概念はありませんでした。でもRWCはそれを濃く感じました。ぼくたちの試合を見て、日本人じゃない人たちがジャパンのジャージーを着たり、フェイスペインティングをしたり、日の丸を振って応援してくれる。街全体が親日になるのを身を持って体験できました。
滞在した時、一度だけナイトクラブのようなところに行きました。普段、お酒は禁止でしたからね。そこでは「日本代表の選手は飲みものはタダです」と言われました。それもホーム化の1つだったですね。
ただ、オーストラリア人に日本人の区別はつきにくい。だから現地応援に来てくれた、当時所属したサントリーのみんなもフリードリンクになっていました。
日本協会のサポートも手厚かったですね。泊まりは現地の一流ホテルで、日本人のシェフがつきました。オーストラリアなのに食事は3食とも和食を選べた。滞在中に生活面のストレスはありませんでした。
ぼくは、学生W杯や7人制の代表など色々なカテゴリーでの海外遠征をさせてもらった。その中でRWCは協会が総力を上げてやっているなあ、と感じました。
学生W杯はイタリアであったのですが、泊まりは大学の学生寮。ご飯は、朝はクロワッサンとコーヒー、昼はパスタだけとかでした。ただイタリアでは何を食べてもおいしかったので不満はありませんでした。宿泊や食事を比較してもRWCは特別な大会です。

 

1本しか外さなかったプレースキック
そして、責任を全うできなかった心残り

 

その特別な大会で、ぼくは全4試合に出させてもらえました。2戦目のフランス(29-51)はFB、4戦目のアメリカ(26-39)はWTBで先発。初戦のスコットランド(11-32)と3戦目のフィジー(13-41)はFBの松田努さん(現2019RWCアンバサダー)との交代出場でした。
先発した試合はゴールキッカーをしました。フランス戦は2G5PGの19点、アメリカ戦は1T2G4PGの21点をスコアしました。
大会中にプレースキックを外したのは、アメリカ戦の前半29分の1本のみ。この時は自分でもびっくりするくらい調子がよかった。
でもゴールキックに関しては後悔があります。全敗のRWCで勝利に貢献できなかったことも当然ですが、ぼくは試合中にキッカーを代わってもらった。最後まで責任をまっとうできなかった。それが心残りです。
アメリカ戦の後半28分、26-27と1点差負けの状況でハーフウエイ付近でペナルティーをもらいました。自分の飛距離ではこの50メートルは届かない、と判断。タッチキックの提案をしました。そうしたらアンディ(アンドリュー・ミラー、SO)が「オレが蹴る」と自分の代わりにPGを狙ってくれた。
そのキックは外れました。
あの時、失敗しても自分が蹴るべきだったと今でも思います。決まる、決まらないじゃない。大切なのはチャレンジする姿勢なのです。残り時間や点差を考えた結果、保守的というか冷静になっていた。ディシジョン(決定)がタフではありませんでした。

 

キッカーは目の前の成功にだけ集中すべき
世界の大舞台で学んだ大切なこと

 

 同じようなシーンを去年のトップリーグで立て続けに見ます。リコー対NTTドコモ、東芝対ヤマハ発動機の試合です。アメリカ戦と同じように、後半、負けている状況で難しい位置でのペナルティーをもらいました。ピータース・ダニエル(リコー)とフランソワ・ステイン(東芝)は有無を言わさず出てきて、自信満々にショットの選択をしました。結果は2人とも外しました。
それでいい、とぼくは考えます。キッカーは「チームの勝ち負けをオレが背負っている」という強い気迫で試合に臨み、目の前のキック成功にだけ集中すればよいのです。
その上での勝敗の責任はキッカーではなく、監督やコーチにある。極端に言えば、そこを選手が考え、消極的になる必要はない。今、ぼくはNTTコミュニケーションズのスキルコーチです。指導者のはしくれとして、勝負の責任を取る覚悟はできているつもりです。
それらのことをRWCから学びました。
今の若い選手はみんな日本代表を目指してほしいし、RWCに行ってほしい。それはRWCを包むすべてのもの、街、スタジアム、観衆、そして対戦相手ですらキラキラと輝いているからです。メディアの数も全然違う。とても華やか。参加すれば「こんな極上の場所があるんだ」と感じることでしょう。
今教えている上田竜太郎(PR)や羽野一志(FB)なんかはジャパンに入ってほしい。それだけの力はあるし、そうなってもらえればコーチとしては幸せです。
2019年の日本でのRWCは雑用でもなんでもお手伝いをするつもりです。
日本人の手で、あんなキラキラしたものを作りたい。それが恩返しでしょうしね。

TEXT by KATSUYA SHIZUME