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岩渕健輔(いわぶち・けんすけ)

岩渕健輔(いわぶち・けんすけ)

生年月日:1975年12月30日。東京都出身

日本代表キャップ数:20

RWC参加歴:1999(出場なし)

ポジション:SO

 

▼ラグビー略歴:青山学院初等部(3年~)→青山学院中等部、高等部→青山学院大学→神戸製鋼、ケンブリッジ大学→サラセンズ(英)→サニックスブルース→コロミエ(仏)→セコムラガッツ。代表歴:7人制日本代表ほか。現在は、日本ラグビーフットボール協会日本代表GM(2012~)。

現在、日本ラグビーフットボール協会の日本代表ゼネラルマネージャーである岩渕健輔さんは、創造性豊かなプレーで、セブンズ(7人制)、15人制、両方の日本代表として活躍しました。ケンブリッジ大学時代は、オックスフォード大学との定期戦「バーシティーマッチ」にSOとして出場し、ケ大側では日本人初の「ブルー」の称号を得ました。さまざまなチームで経験を積み、現在は日本代表チームのGMとして、世界中を飛び回っています。そんな岩渕GMにとってのRWCの思い出とは。

 

 

 

 

衝撃的だった1987年のフランス、フィジー

そして、1999年のジョナ・ロムー

 

 過去のRWCで印象に残っているのは、1987年の準決勝のフランス対オーストラリア、そして、1995年の準決勝ニュージーランド(オールブラックス)対イングランドでしょうね。

 1987年の第1回大会時、私は小学6年生(12歳)でした。すでにラグビーをしていたので、フランスの最後の決勝トライは友達の間でも話題になりました。FBセルジュ・ブランコが左コーナーに飛び込んだものでしたね。私は好きな国(チーム)があったわけではなく、個人技を楽しんでいました。

 よく真似をしたのは、オーストラリアのデヴィッド・キャンピージのグースステップ(※走っているときに膝を伸ばして、歩幅に変化をつけて抜くステップ)です。チームとしては、フィジーが自由奔放なスタイルでベスト8に進出したことに衝撃を受けました。

 実は、この前年に香港セブンズを観戦に行ったことがあり、フィジーの選手やキャンピージの個人技を見て、こういうラグビーもあるのだと感心しました。その後の自分のプレースタイルにも影響を与えたと思います。

 1995年は、オールブラックスのWTBジョナ・ロムーが、イングランドの選手たちのタックルを弾き飛ばしたのが、違う意味で衝撃的でした。196㎝、120㎏で100mを10秒台で走る。こんな選手がWTBになる時代が来たのだと驚かされました。このとき、私は大学1年生でした。同時に自分もあんな舞台で戦ってみたいと強く感じました。

 そして翌年(1996年)、私は初めて日本代表に選出されることになるのです。

 

 

 

RWCの経験は、RWCでしか積めない

想定外のことをいかに少なくするかが大切

 

 私が唯一参加したRWCは1999年大会です。結局試合に出ることはできず、悔しい思いをしました。チームの選択なので仕方のないことではありましたが、練習でいくら頑張っても出られず、チャンスがほしいとずっと思っていました。まあ、選手とはそういうものですよね。

 私はその頃、イギリスに住んでいました。プロクラブの現状も知っていましたが、それと比較しても、この時の日本代表チームのゲーム分析などは先進的でした。ただし、芝の長さなど環境面の情報を収集する先進性はなかったのかもしれません。だから、現地で初めてピッチの滑りやすさを経験するというようなことが起こったのです。

 この経験があったので、私が日本代表のGMになってからは、RWC本番で使用するピッチで試合を組み、ホテルや芝を選手が視察に行けるようにしたわけです。従来の日本代表にはアウェイの状況を事前に知って戦うということがなかったし、RWC本大会と同じように短期間に連続して試合をする経験も積めなかった。そういうことが、1999年大会の連敗につながったと思います。

 「RWCは特別だ、何が起こるか分からない」と言われます。それは、準備不足で臨んだという側面がある一方で、RWCの経験は、RWCでしか積めない、という言い方もできると思います。

 たとえば、1999年大会の初戦でサモアに完敗するという準備はできません。勝つための準備をして臨むわけですから。RWCの過去の優勝監督の多くが、RWCを二度経験して頂点に立っています。イングランドのクライブ・ウッドワード、ニュージーランドのグラハム・ヘンリーがそうですね。オリンピックも初出場で結果を出すのは難しいと言います。結局、RWCもオリンピックも、そこでしか経験できないことがあるからだと思います。

 

 

2019年日本大会の成功とは何か

今こそラグビーのチカラが試される

 

 2015年大会が終わると、いよいよ次は日本で開催されるRWC2019です。

 日本代表がいい成績を残すことが大事なのは確かですが、ラグビーを通して、日本の国としての強さ、素晴らしさを世界にアピールする大会にしなければいけません。それは日本代表がどういうプレーを見せるか、どういう振る舞いをするかにかかっていると思います。

 これまでRWCは限られた国で開催されてきました。2019年は初めてそういう国以外で開催されるのです。現在、世界のラグビーをリードするのは北半球のシックスネーションズ(イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランド、フランス、イタリア)、南半球のザ・ラグビーチャンピオンシップ(ニュージーランド、南アフリカ、オーストラリア、アルゼンチン)に所属する10カ国です。

 この中で、イタリアとアルゼンチンはまだRWCを開催していません。それが日本に来るのです。つまりこれは、ラグビーの関心が薄い場所への発信地として日本が選ばれたということです。

 日本大会で何をもって成功とするかといえば、どのスタジアムも満員になるのが一番ですが、日本代表が開幕戦でオールブラックスのハカを全員で迎え撃つ。競技場が黒ではなく全部赤になる。それが世界中でパブリックビューイングされる。そんなものになったらいいな、と思います。

 RWCというのは、グラウンドの中で起こっていることだけではなく、その周辺で起きていることが大事です。たとえば、日本中がパブリックビューイングで盛り上がり、世界各地にいる日本のサポーターが赤と白のジャージーを着て、テレビの前で盛り上がる。そんなイメージです。

 イングランドで開催される今年のRWCの映像をオーストラリアに住んでいる人たちがパブで応援するということは、普通に起こると思います。同じように、日本代表のジャージーを着た人達が、南アフリカ共和国のパブにいる、他の国でもたくさん見られる。それが、世界のラグビーにとっての、RWC2019の成功ということなのだと思います。

 日本に課せられた使命はありますが、日本開催というのは世界のラグビー界が次のステップに進むために選んだ道でもある。どういうことが2カ月の間に世界中で行われるか。まさに、「ラグビーの力」が試されるのだと思います。ここで成功しなければ、ラグビー界は再び扉を閉じてしまうでしょう。世界中の人たちと力を合わせて成功させなければならないのです。

 

TEXT by KOICHI MURAKAMI