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井澤秀典(いざわ・ひでのり)

井澤秀典(いざわ・ひでのり)

生年月日:1971年8月3日

東京都出身

RWC参加歴:2015

ポジション:ヘッドトレーナー

 

略歴:千葉県立検見川高校、順天堂大学でラグビー部に所属。高校時代にトレーナーを志し、国際鍼灸専門学校を経て、トレーナーとなり、アメリカンフットボール、バレーボール、サッカー、ゴルフと、様々なスポーツで経験を積みました。2010年より関東学院大学ラグビー部をサポートし、トレーナーとしてラグビー界へ。現在は、(株)ドーム ドームアスリートハウスに所属。日本体育協会公認アスレティックトレーナー、鍼灸師、按摩マッサージ指圧師

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井澤秀典さんは、2012年よりラグビー日本代表のトレーナーとなり、メディカル部門のスタッフとしてチームをサポートしました。多くのスタッフが、2015年のRWCの終了後、いったん日本代表を離れた中で、井澤さんはサンウルブズのトレーナーとしてもチームに帯同。6月の日本代表戦もサポートしました。トレーナーとは、どんな仕事なのか、その仕事への想い、2015年RWCの日本代表、2016年スーパーラグビーに初参戦したサンウルブズの違いなど、軽やかに語ってくださいました。

 

トレーナーは、マイナスをゼロにする仕事

常に正確なジャッジを求められた

 

 高校、大学とラグビー部に所属していました。高校生の時、足首を痛めたことがあったのですが、リハビリをして復帰するまでのプロセスがまったく分からなかった。少なくとも、当時の高校生にそんな知識はありませんでした。その頃は神戸製鋼コベルコスティーラーズV7の時代で、たまたま見たテレビで、林敏之選手が膝にテーピングを巻いてもらっていたんです。これを巻いている人は誰なんだろうと思った。それが、自分がこの職業に興味を持ったきっかけです。

 当初はトレーナーが国家資格になっているアメリカで勉強しようと思ったのですが、日本の体育大学でもトレーナーの勉強をできることを知って順天堂大学に進学しました。

 学生時代、ラグビー日本代表の夏合宿のお手伝いをしたことがあります。宿沢広朗さんが監督で、トレーニングコーチが春口廣さんでした。僕はSHだったので、堀越正巳さん、村田亙さん、永友洋司さんら憧れの選手のプレーをじっと見ていました。

 1994年に卒業した後は、スポーツ現場でトレーナーをしたくて、さまざまなスポーツのサポートをしました。トレーナーとしてラグビー現場に戻ったのは、2010年に関東学院大学のトレーナーを務めることになってからです。

 

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 2012年3月、日本代表の関係者からトレーナーにならないかと連絡がありました。3日後にはエディー・ジョーンズヘッドコーチの面接を受けました。「君はどんな人間ですか」、「トレーナーとして何ができますか」、「選手から見てあなたはどんなトレーナーですか」、そんな質問をされたと記憶しています。

 トレーナーは、ドクターとともにメディカルスタッフの一員となります。エディーさんは、メディカルスタッフとS&C(ストレングス&コンディショニングコーチ)は常に一緒に仕事をしなさい、と言っていました。

 S&Cがゼロからプラスに働きかける仕事だとすると、トレーナーは、マイナスになったものをゼロに戻す役割です。選手の疲労の回復を促し、負傷から復帰へのリハビリのトレーニングをサポートするなど、グラウンドに出るまでのところの仕事です。

 RWC2015の日本代表では、怪我を抱えている選手がいました。彼らをいかに2015年大会でプレーさせるかということもドクターとトレーナーの課題でした。エディーさんからは、その選手の状態が、70%なのか、90%なのか、試合ができる状態なのかどうか、ジャッジをはっきりするように求められました。

 トレーナーとして難しかったのは、選手にどの程度まで練習をやらせるかという判断でした。毎朝、JP(ジョン・プライヤーS&Cコーチ)とミーティングし、個々の選手にどれくらいの強度のトレーニングをさせるかということを決めていきました。RWC2015の日本代表は個々の選手に対して細かく対応しました。ここまで徹底したのは、他に例がないことだと思います。

 ラグビーに限らず、スポーツの現場では、S&Cコーチと、トレーナーの関係が非常に重要でここが上手く行くと、チームが強くなる。エディーさんは、それを大切にする人でした。今回の日本代表は、S&Cに恵まれたと思います。トレーナーとして非常に仕事がやりやすかったです。

 

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2015年はいかに負傷者を出さないかに注力

入念なマッサージで自分自身がパワーアップ

 

 2015年のRWCイヤーは、エディーさんも、JPも、「絶対に負傷者を出したくない」という思いが強かったです。特に、肉離れなど筋損傷系の怪我を心配していました。それを予防するため、我々トレーナー3人と、S&Cコーチ2人で、練習後の選手のマッサージをしました。選手に疲労が蓄積していると感じたら、こちらから「全員やりましょう」と声をかけ、マッサージを行いました。

 ラグビーには、いろんなポジションがあり、それぞれに疲れ方も違います。フロントロー(FW第一列)の選手について言えば、マルク・ダルマゾスクラムコーチのスクラムセッションのあとは、立てないくらいに疲れていた。フロントローにはフロントロー用のリカバリープログラムを作るなど、それぞれの環境に合わせて考えました。

 ラグビー日本代表の活動を終えて会社に帰り、他競技の選手をマッサージすると、「井澤さん、ラグビー仕様になっているから、きつい」と言われることがあります。なるべくソフトにしているのですが、自分もパワーアップしちゃったみたいです(笑)。

 4年間、選手が本当に頑張っている姿を見て、なんとかしてあげたい、何か他にできないのか、常に考えました。2015年6月のハードな練習を見ていたときは、見ているだけで過呼吸のようになって息苦しくなったことがあります。スポーツに携わって初めての経験でした。それくらいきつい練習で、だからこそ、心から勝ってほしいと思ったのです。

 南アフリカ代表戦のとき、自分はバックスタンド側のタッチラインにいました。最後のカーン・ヘスケスのトライは、遠くてよく見えなかったのですが、大歓声が沸き上がったのでトライだと分かりました。気が付いたら5mくらい、グラウンドに中に入っていました。涙が自然に流れましたね。そのあと選手と抱き合ったのですが、僕は背が低いので選手の胸のあたりに顔が来る。ハグしすぎて、片方のコンタクトレンスが外れて、なくなっちゃいました(苦笑)。

 

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トレーナーに必要な資質は

コミュニケーション能力

 

 トレーナーを目指す学生たちから、「トレーナーになるには何が必要ですか?」と質問を受けることがあります。私はいつも「コミュニケーション能力です」と答えます。もちろん技術や経験も大切なのですが、人を相手に仕事をするわけですから、コミュニケーション能力はとても重要になります。だって、初めて会ったトレーナーが何も話さなかったら、選手も不安になりますよね。

 そういうわけで、私は何でもいいので一日一回、全選手に声をかけるよう心掛けていました。

 トレーナーにとっての最高の喜びは、選手みんなが元気にピッチに立って、元気に戻ってくることです。

 2015年のRWCは、最初に決まった31名のメンバーが誰一人 欠けることなく帰国することができました。それが僕らメディカルスタッフにとっての一番のご褒美でした。選手達には、「ありがとう」とお礼を言いました。「みんなは僕らの誇りです」と。

 4年間、日本代表でトレーナーを務めて何を学んだかと言えば、準備と、コツコツと決めたことを継続する事の大切さです。そして、世界を意識するようになりました。2012年の春、エディーさんから、「世界一のスタッフになれ、世界の流れを学べ」と言われました。たとえば、ウェールズ代表は冷凍庫みたいなところに入ってリカバリーをしていると報道されると、エディーさんは、「日本でできないか?」と聞いてくる。そういった世界の情報にも興味を持つようになりましたね。

 

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試合が続くスーパーラグビー

その中でどう鍛えるかが来季の課題

 

 日本代表の活動が終り、いったん、会社に戻っていたのですが、スーパーラグビーに初参戦するサンウルブズがトレーナーの公募をしていたので応募しました。2019年に向けて、自分も何かしら役に立ちたかったからです。

 実際に参加してみると、エディージャパンとは180度違っていたので戸惑いました。トレーナーの仕事自体は変わらないのですが、エディージャパンでは試合の日はメディカルスタッフやウォーターボーイの役割を服装まで細部に確認していくのですが、サンウルブズでは個々に任されていました。みんなプロフェッショナルなのだから、分かっているだろうというのが前提なんですね。

 トレーニングに関しても試合が続くので、強度は高くなかったです。だからこそ、選手も初めてのシーズンを残り越えられたのかもしれません。エディージャパンのような強度の練習をしながら試合をしていたら、体が持たなかったかもしれませんね。

 長距離移動の疲れもあり、トレーナーとして、何がいいのかを考えながらの一年目でした。チームの始動が遅かったのでフィジカルを鍛えることはできていなかった。試合がターゲットになり、それを回復させるための一週間の繰り返しでした。試合をしながらどうやってチームを強化していくか。あるいは準備期間をしっかりとって鍛え込んでから臨むのか。ここは難しいところです。

 また、今回はサンウルブズのスタッフが、6月の日本代表のスタッフも兼ねました。そのため、日本代表以外のサンウルブズの選手をケアできなくなりました。本来はサンウルブズの選手として鍛えられるべき時期です。ここも来季への課題だと思います。

 来季、私がやるかどうかは決まっていませんし、今後の日本代表についても何も決まっていませんが、2019年に向かって、2015年にトレーナーとして経験したことを、還元したいと考えています。ここまでラグビーに関わってきたのですから、今後も何かしら関わっていきたいと思っています。

 

TEXT by KOICHI MURAKAMI

 

 

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