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新田博昭(にった・ひろあき)

新田博昭(にった・ひろあき)

生年月日:1973年12月27日

静岡県浜松市出身

RWC参加歴:2015

ポジション:ストレングス&コンディショニングコーチ

 

略歴:日本体育大学柔道部出身。アメリカ・サンノゼ州立大学大学院でストレングス&コンディショニング(S&C)を学び、カリフォルニア大学(バークレー校&ロサンゼルス校)で経験を積みました。アメリカンフットボールをメインに、バレーボール、陸上競技、女子サッカー、ラグビー選手などの体作りを担当。帰国後はサントリーサンゴリアスで11年、S&Cコーチを務める。現在は、NTTコミュニケーションズシャイニングアークスのハイパフォーマンスマネージャー。

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新田博昭さんは、2015年春、日本代表のS&Cコーチに就任し、RWC2015に帯同しました。サントリーサンゴリアスのS&Cコーチの時代からエディー・ジョーンズ氏との縁は深く、そのコーチングのアプローチもよく知っているつもりでの参加でした。しかし、日本代表を南アフリカ代表に勝たせようとするジョーンズ氏のやり方はさらに奥が深かったようです。新田さんは、エディー・ジャパンでどんな刺激を受け、何を得たのでしょう。

 

アメリカで得た自分なりの考えを

エディーさんに全否定された

 

 アメリカから帰国し、日本でS&Cの仕事をしようと思ったとき、ラグビーしかないと思っていました。野球やサッカーにはすでに専門のコーチがいて、新しく入って行くのは難しいし、アメリカで接したラグビー選手の印象が良かったこともありました。僕が働いたUCバークレーは、アメリカで一番ラグビーが強い学校です。僕がコーチしていた選手の多くもアメリカ代表入りしました。その選手達が文武両道で礼儀正しいのです。しかも試合になると激しくプレーする。ラグビー選手たちはこんなに良いグループなのかと感心しました。

 帰国後、縁あってサントリーサンゴリアスで働くことになったのですが、ラグビーの体作りの難しさは、体を大きくし、瞬発的なスプリントの力を必要としながら、長い距離を走らなくてはいけないということです。しかも、日本ではアメリカのようなトレーニングの文化がないので、サントリーで初めて本格的にウェイトトレーニングをする選手もいました。何もないところから作り上げるという意味では、試行錯誤の連続でした。

 アメリカで勉強したことを生かそうと、自信満々でサントリーに入ったのですが、いまから思えば何も知らなくて未熟だったと思います。S&Cという言葉を日本で広めたのは、当時サントリーサンゴリアスのGMだったエディー・ジョーンズさんですが、最初は僕のやり方を全否定されました。僕が、ここだけは譲れないことを言い返すと、「そこはやっていい」と。否定されて何も言えなくなるようなものであれば必要ないということです。

 エディーさんには、チームが勝つために何をすればいいのかを、とことん考えさせられました。誤解を恐れずに言えば、トレーニングに正解はありません。このチームにとって、どんなやり方がいいのかを考え抜くことがもっとも大切なことなのです。

 

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スクラムに「特化」した

トレーニングをしなければ効果は薄い

 

 自分から言ったことはありませんが、ずっとエディー・ジャパンに参加したいと思っていました。エディーさんの体制になって、スポーツサイエンスコンサルタントのフラン・ボッシュさんが指導を始めたからです。彼はウェールズ代表がシックスネーションズで快進撃を続けた頃からスペシャリストコーチとして関わり有名になりました。いろんな顔を持っていて、かつては画家であり、陸上のコーチであり、現在は大学で解剖学、バイオメカニクスを教えています。つまり天才なのです。

 2014年3月、オランダで彼に会う機会があり、彼のコーチングの考え方に衝撃を受けました。簡単に言えば、「人間の体は宇宙のように複雑である」ということです。たとえば、足が速くなるために、スクワットをして足腰の筋肉を鍛えると足が速くなるかというと、そうではない。走るときにどういう動き・形態で筋肉が使われるかを理解して、それに対して負荷をかけるトレーニングをしなくてはいけないわけです。

 ものすごく筋力のある人は、スクラムを組むと強いのか。これも違いますよね。強くなるためには、実際にスクラムにかかる負荷を想定したトレーニングをするべきです。そのような「特化」したトレーニングをボッシュさんに教えてもらいました。

 念願がかなって、2015年春から日本代表のスタッフになることができ、僕はウェイトトレーニングを担当しました。栄養士と相談しながら栄養面も充実させ、体重、体脂肪の管理などもしました。

 前回(第91回)のこのインタビューで、高澤祐治ドクターが、「秋のRWC本番に、医学の常識では復帰できないような選手が間に合った」という旨の話をされていますよね。それも、ボッシュさんに教えてもらったトレーニングの成果が大きかったのです。

 怪我から回復途上の選手はその部分の体の組織が弱くなっていますから、普通は負荷を軽くしてリハビリします。しかし、ラグビーのプレーで起こる負荷をかけないと、復帰したときに再び怪我をしてしまいます。負荷をかけて体の組織を強くし、より効率的な動きを構築できれば、復帰した時、たとえ20分間でバテたとしても、ラグビーができる体にはなっているのです。

 そのトレーニングが本当にラグビーの試合に結びついているのかどうか、S&Cは、そこを考え抜くことがなにより大切なのだと思います。

 

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選手の体調が一番良かったのは

9月5日のジョージア戦だった

 

 2015年6月は、宮崎合宿での厳しいトレーニングで選手を追い込みました。

 エディーさんは、その選手の持つ能力を最大限に発揮させる人です。日本代表の能力を最大限に発揮させようとすれば、最大限に追い込まなければならない。一度、耐えきれないほどのところまで追い込み、ふっと緩める。すると力が出てくる。しかも、ぎりぎりまで追い込んでいる時期の試合でパフォーマンスが悪くても、絶対にそれを言い訳にさせない。そうやって選手をタフにしていくのです。

 RWC2015に参加し、振り返って思うのは、エディー・ジョーンズは、やはり凄かったということです。

 データを見返すと、選手のコンディションが一番良かったのが9月5日のジョージア戦です。この試合の数日前から練習の強度は明らかに落ちました。前年にFW戦で粉砕されたジョージア戦に意図的にフィジカルのピークをもってきたわけです。そして見事に快勝します。FWの成長も実感できたことで選手はメンタルもピークになった。フィジカルとメンタルのピークを両方持って南アフリカ戦に向かうことができたのです。

 その後、南アフリカ戦までの2週間はトレーニングの強度を落とさなかった。手綱を緩めなかったのです。このあたりのさじ加減は見事。エディーさんの手法は知っていたつもりでしたが、さらに奥が深かったです。

 南アフリカ戦勝利の瞬間は、ベンチにいました。ウォーミングアップを担当し、交代選手に水や氷を渡す役割でした。勝利が決まった瞬間、あれほど興奮したことはありません。立ち上がりから日本代表のパフォーマンスがよく、徐々にスタジアム全体の期待感が高まり、クライマックスに向かっていくところは、現場にいてしびれました。

 次のスコットランド戦については、中3日ということもあって選手には疲労がありました。数値的にも明らかでしたし、どの選手も「今までにないくらい体が痛い」と話していました。それでも、エディーさんは練習の強度を落とさなかった。これは、もしかしたら失敗だったのかもしれません。サモア、アメリカに関しては、絶対に勝たなくてはいけないという強い気持ちがありましたね。よく勝ちました。

 

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今までとは違った取り組みをしなければ

それ以上の結果を得ることはできない

 

 RWC2015を経験して人生が変わったかと問われれば、変わったと思います。今回の経験が常に僕の行動に影響を与えていくのですから。以前よりは、高みを目指してコーチングをしようとする思いが強くなっています。RWC2015を経験しなければ存在しなかった価値観がいま自分の中にある。今後のキャリア上でずっと影響するでしょう。

 RWC2019については、NTTコミュニケーションズシャイニングアークスからできるだけ多くの日本代表選手を送り出すということが、日本代表に貢献することだと思っています。

 

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 また、RWC2015で今までとは違った取り組みをして、結果を残した日本代表について、ことあるごとに情報発信していきたいとも考えています。今までと同じことをしても、同じ結果しか得られません。何か違うことをしないと、それ以上のことは達成できないのです。

 日本代表が歴史的勝利を成し遂げるまでのプロセスに何があったのかを情報発信する。それがラグビーに携わっている皆さんのヒントになればと思っています。今回の日本代表がしていたことが「正解」ということではありませんが、こういう取り組みがあったということは参考になると思います。

 僕も昔はこれがトレーニングだという固定観念がありました。エディー・ジャパンでは、それが一度壊されました。RWCが終わってから、日体大のある講義を聴講したことがあるのですが、そこで、何かを得たら破壊して再構築する「学びほぐし」という言葉が使われていました。数年すれば、僕の考えはまた固まるでしょう。そうしたらまた壊して再構築しなくてはいけない。日本代表のときは、「シェイプ」を戦術の軸にしていたエディーさんが、イングランドのヘッドコーチになり、「シェイプは死んだ」と言っている。あれも、学びほぐしなのでしょうね。

 

TEXT by KOICHI MURAKAMI

 

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