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福本美由紀(ふくもと・みゆき)

福本美由紀(ふくもと・みゆき)

生年月日:1964年11月11日

大阪市東住吉区出身

RWC参加歴:2015

ポジション:フランス語通訳

 

略歴:天王寺高校→京都女子大学。弟・正幸さんは、慶應義塾大学→神戸製鋼で活躍したプロップ。父も天王寺高校、関西学大でプレーした。本格的にラグビーに関わったのは、2009年から。日本で開催されたジュニアワールドチャンピオンシップに参加した20歳以下のフランス代表チームをサポートした。2014年春、日本代表のスクラムコーチ、マルク・ダルマゾコーチ(元フランス代表HO)の通訳となる。

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RWC2015イングランド大会で世界を驚かせた日本代表が、ひとつの武器にしたのが低く結束力のあるスクラムだった。きめ細やかな指導で日本代表の弱点を強みに変えたのは、マルク・ダルマゾコーチだった。そして、元フランス代表のダルマゾコーチのフランス語を、忠実に、ときには言葉を足して選手に分かりやすく伝えたのが福本美由紀さんだった。社会人になってからNHKのフランス語講座で学んだのをきっかけに、フランス留学を経てフランス領事館、エルメスジャポンなどで勤務したのち、ラグビーの世界へ。通訳の立場から日本代表チーム、エディー・ジョーンズヘッドコーチ、そしてマルク・ダルマゾコーチと接する中で、福本さんは何を感じたのでしょう。

 

U20フランス代表のリエゾンが入口だった

テレビ解説の情報で日本協会へ連絡

 

 弟(正幸さん)が、慶応大学、神戸製鋼でプレーしていたときは、ラグビーをよく見ていたのですが、弟も引退し、私も服飾の仕事をしていたので、いったんはラグビーから離れていました。それが、2009年、日本で開催されたジュニアワールドチャンピオンシップ(U20ラグビー世界選手権)でU20フランス代表のリエゾン(世話役)をすることになったのです。

 その時、フランスチームのラグビーは、フランスそのものだと感じました。フランスのメンタリティーとか、フランス語の持っている雰囲気がラグビーに表れているのです。フランス人と仕事をしていると、びっくりさせられるような発想があります。フランスではよく「アンプレビジブル」(予想できない)という言葉を使うのですが、やるときとやらないときのメリハリもはっきりしていて、ものすごく高い集中力を発揮することがある。そういったことが、ラグビーに表れている。ラグビーもビジネスも、フランス人は同じなのだと興味深かったです。

 以降は彼らを応援したくなり、フランス代表やクラブの試合も見るようになりました。2012年6月にフレンチ・バーバリアンズが来日したときも秩父宮ラグビー場に観戦に行きました。正直に言うと、そのときは日本代表ではなく、フレンチ・バーバリアンズを応援していました。

 翌年6月、ウェールズ代表が来日したときに花園ラグビー場に観戦に行きました。その時の日本代表が、一年でものすごく変わっていて(強くなっていて)驚きました。一気に日本代表に対する期待感が膨らみましたね。でも、そのときは日本代表にフランス人のコーチ(マルク・ダルマゾ)が来ていることは知りませんでした。その来日中の第二戦をテレビ(JSPORTS)で見ていたら、解説でダルマゾコーチが英語を勉強しているというコメントがありました。それで、通訳がいないのではないかと思ったのです。日本にいながら、フランス語でラグビーに関われるのは、ここしかないのではないかと思い、いつもリエゾンのことを担当されているラグビー協会の方に連絡し、そこから日本代表の岩渕健輔GMにつながったというわけです。

 

ジョージア戦のスクラムで完敗

その悔しさが選手のマインドセットを変えた

 

 本格的に日本代表の通訳になったのは、2014年春です。日本代表のスタッフになって、それまでの生活が一変しました。私は朝が弱かったのですが、ヘッドスタート(早朝練習)が5時半からであれば、40分前には起きますよね。基本的にはダルマゾの行動にすべて合わせます。彼自身がいつ何を言い出すか分からないし、エディーさんから指示があることもある。コーチのミーティングにも出て、エディーさんの言葉を翻訳することもしていました。

 ダルマゾはスクラムコーチなのですが、体の動きを指示することが多いので専門用語では苦労しませんでした。ただし、彼は言葉が少なかったり、抽象的だったりする。彼には見えていることが我々には分からない。ただ、私が毎回質問するのはよくないので、ダルマゾの言葉をそのまま選手に伝え、選手から質問してもらうようにしていました。言葉のトーンはダルマゾの話す通り。彼が穏やかであれば私も穏やかだし、必死になれば私も必死になります。私が関西弁で訳していることは、記者の皆さんからよく冗談交じりで指摘されました。でも、ダルマゾも南仏の人なので訛っていますから(笑)。

 スクラムについては私が通訳を始めた頃にはかなり強くなっていました。完全に押し込まれたのは、2014年秋のジョージア戦くらいでしょう。ダルマゾは、選手を責めることはなく、「自分が選手にきちんと指導できなかった」と悔しがっていました。

 その後、チームはいったん解散し、彼はフランスのクラブやニュージーランドのハイライダーズにスポットコーチとして行っていました。そして2015年の4月に日本に来たときには、「(解決策を)見つけた」と話していました。指導はより細かくなりましたが、ジョージア戦で負けたことで選手の心構えが変わったのが一番大きかった気がします。

 春の約160日間の合宿はずっと拘束されて閉塞感もありましたが、選手の精一杯の頑張りを見ていれば私も頑張らなくてはいけないと思いました。見ていて辛いこともありましたが、そばで見ることができて良かったです。あの日々を見たからこそ、RWC2015イングランド大会のメンバー31名以外の選手達の力も本番で生かされていたと感じることができた。外から見ているだけでは分からなかったと思います。

 

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歓喜の南アフリカ代表戦勝利

ダルマゾコーチ、初めての行動とは?

 

 南アフリカ代表に勝ったときは、「ヤッター!」と叫びました。普段の試合ではダルマゾがいつ何を言うか分からないので試合に集中できないのです。しかし、あの試合は、前半から素晴らしい内容で、コーチボックスも雰囲気が違いました。ダルマゾは、試合中のスクラムの映像をリプレイしチェックするのでパソコンの前に座ります。前半はいつも通りでした。ハーフタイムで彼がFW第一列の選手に指示をしたら、堀江翔太選手が「分かってる。大丈夫。心配しないで」と言葉を返したんです。その言葉を聞いたダルマゾは、後半最初のスクラムを見届けると安心したようです。パソコンから離れ、コーチボックス前のバルコニー席に行き、手すりに両肘をかけて試合を見始めました。私が通訳になってから初めてのことでした。この人、もう動かないなと思い、私も試合に見入ることができたのです。

 最後は、「勝つ、勝つ、勝たせて」と心の中で叫んでいました。スクラムを選択したときは、「よっしゃ!」です。

 エディー・ジョーンズヘッドコーチから学んだことは数知れません。2014年の夏合宿のあと、コーチだけ残って、RWC2015イングランド大会までの綿密なスケジュールを決め、そのために何が必要なのか、不安要素は何か、すべて書き出して行きました。目標を立て、いまある差を埋めるために何をすべきなのか、短期的目標を細かく立て、微修正しながら進んだ。掲げた大きな目標が部下に浸透し、トップがブレなかった。だからみんなついていけたと思います。

 優れた決断力、観察力、情報収集能力を持ち、ワーカーホリックと言えるほどの仕事量の多さ。エディーさんについていく部下は楽ではないけど得ることも多かったと思います。コーチングのことでダルマゾと議論になることもありました。そのときは、エディーさんは引きません。でも、次の練習を見ると、ダルマゾの言っていることは通っている。良いと思えば認める寛容さもありました。分かりやすい目標を掲げることの他、組織を動かすとき、何かを成し遂げるときに大事なことを学びました。

 

スクラムとは神聖で神秘的なもの

いつしかフロントローに共感するまでに

 

 RWC2015イングランド大会から帰国後、メディアに取り上げられている選手やラグビーを見ると、自分があの場所にいたことが信じられません。

 エディーさんがイングランド代表ヘッドコーチに就任された時、ちょうどロンドンにいて、何度もテレビのニュースで報道されているのを見ながら、すごい人と一緒にいたんだなとしみじみ思いました。

 もし、またラグビーに関わる機会があったら、今回の反省を踏まえてチャレンジし直したい気持ちはあります。通訳は何かを生み出すわけではありません。言葉を上手く訳せた時の小さな喜びがあって、誰にも気づかれない自己満足の世界です。日本代表に帯同した期間も試行錯誤の連続でした。ダルマゾは言葉が少ないので、きょうは言葉を足してみて、次の日は選手に任せてみてと、どれが正解だったか分かりません。今は選手に委ねるのが一番よかったのかなと思います。私には意味が分からないことも選手は分かっていることもあったし、最終的にダルマゾと選手はいい関係を築いたと思います。

 スクラムというのは面白いものですね。フロントローの選手が、試合に勝っても、スクラムで負けたら悔しいという気持ちが分かるようになりました。私もそっち側の人間になっちゃいました(笑)。

 U20日本代表の選手がダルマゾに「スクラムとは何ですか?」と質問したことがあります。彼は「神聖で神秘的なところ」と答えました。選ばれた8人だけしか入れず、スクラムを組んだことのない人間には分からない世界。「だから神秘だ」というのです。

 フランスのあるテレビ番組で、ラグビー経験者の哲学者がインタビューされていました。彼は「スクラムとはマトリックスだ」と言いました。つまり「母胎」です。そこをボールが通過することによって、ボールは命を得る。フランスって面白いでしょう。

 私が思うのは、スクラムはみんなの力と気持ちが結集してこそ結果の出るところということです。バックスも大切ですが、このベースを安定させないと試合には勝てない。だから、思います。「No Scrum, No Win」

 

TEXT by KOICHI MURAKAMI