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渡邉まゆ子

渡邉まゆ子(わたなべ・まゆこ)

神奈川県厚木市出身

RWC参加歴:2015

ポジション:チーム広報

 

▼ラグビー略歴:2012年10月より、日本ラグビーフットボール協会広報・プロモーション部に勤務。それまでは、横浜F・マリノスや、サッカーのFIFA U20女子ワールドカップの広報を務めていた。

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渡邉まゆ子さんは、RWC2015で、日本代表のチーム広報を務め、世界中のメディアの取材や要望をてきぱきとさばきました。子供の頃からオリンピックに関わるのが夢で、アメリカの大学に留学してジャーナリズムを学び、サンケイスポーツ新聞に勤務したのち、主にサッカーチームの広報担当として経験を積みました。外部からやってきた渡邉さんにとって、ラグビーはどう映ったのか。そして、インランドのRWCに参加して感じたのは、どんなことだったのでしょうか。

 

ラグビー知識ゼロからの挑戦

それが功を奏して決まった採用

 

 ラグビーとのかかわりを持ったのは、2012年夏に日本ラグビーフットボール協会が広報スタッフを募集していたのが始まりでした。そのときの私のラグビーの知識は、ゼロに等しく、知っているラグビー選手は平尾誠二さんと、大畑大介さんだけでした。

   当時は電通に所属していて、2012年夏にサッカーのFIFA U20女子ワールドカップがあり、その大会の広報部門のダイレクターを務めていました。電通との契約が9月で終了することもあって、10月から仕事をどうするか考えているときに、日本ラグビーフットボール協会の募集を目にしたのです。

   2種類の広報スタッフを募集していて、ひとつは代表チームの広報、もうひとつはジェネラルな広報の部員でした。私は子供の頃からオリンピックに関わる仕事をしたいという夢がありました。転職するのであれば、一度サッカーとは違う種目にしてみたかった。7人制ラグビーがオリンピックの種目になったこともあり、オリンピックのほうに舵を切れるのではないかという思いもありました。サッカーのフル代表は男性の広報がつくイメージがあったので、私はジェネラルなほうになるのかなと思いながら書類を出しました。

   採用を判断する面接には私の他にも複数の男性がいました。面接官の1人にエディー・ジョーンズ日本代表ヘッドコーチがいました。面接を受けに来た男性たちは、おそらくラグビーをよく知っている人たちなので、皆さん、エディーさんを見て緊張したと思います。サッカーでいえば、ジーコが座っているようなものですよね。

   ところが私はラグビーの知識がないので、英語チェックの先生だと思い込んでいました。それで、いろいろ質問されることに普通に英語で答えました。それが功を奏したようで、またラグビーの知識があるより広報としてのプロを求めていたエディーさんに気に入ってもらえて代表広報として採用されることになったそうです。

   そして、10月下旬からの日本代表の活動に参加し、ヨーロッパ遠征にも行くことになりました。

   初めてラグビー選手に接して感じたのは、何に対しても協力的なこと、会社員の人も多く、しっかりと受け答えができる人が多いということです。メディア対応も自分の言葉で話せるし、スタッフともコミュニケーションがしっかりとれると思いました。

   取材にやってくるメディアの数に関しては、少ないと感じました。サッカーの日本代表のことや、1クラブチームに過ぎない横浜F・マリノスに比較しても毎日の取材が少なかった。選手達のハードワークを見ていたので、それが広く報道されないのが残念だったし、いつかこの努力が報われるときがくればいいなと思っていました。

 

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南アフリカ戦勝利の前後で

激変したメディアの関心度

 

   2012年のヨーロッパ遠征に行く前の合宿では、メディアの数は一桁台でした。2013年春のウェールズ戦前もそれほど多くなかった。その秋は少しだけ多くなった。エディーさんが脳こうそくで倒れたことも影響したでしょうね。2014年秋のマオリ・オールブラックスとの試合前は本当に多くなったという印象がありました。ただ、テレビカメラの台数は少なかったです。地上波でなかなか取り上げてもらえないのが悩みでした。

   ひとつエピソードを紹介すると、RWC2015の南アフリカ代表戦直前に運営サイドの配慮で、中継の権利を持つテレビ局以外で、ミックスゾーン(試合後選手が取材を受けるエリア)に入るチケットを1枚もらえることになりました。いくつかテレビの方に声をかけてみたら、「よほどのことがないと取材に行く予定はないのでいらない」という返事でした。もったいないので、私たち協会のカメラを入れてもらうことにしました。それによって、南アフリカ戦勝利後に選手の声を取材し、YouTubeで流すことができたのです。後で悔しがっている人がいたと思いますが、それくらい、ラグビーの映像を放送する予定もなかったということでしょうね。

   それが、帰国記者会見ではほとんどの民放が夕方のニュースで映像を流した。大会前と後でメディアの関心は大きく変わりました。

 歴史的勝利となった南アフリカ戦のとき、私はリザーブの選手達が座るベンチ脇にいました。RWCでは、試合終了直後に公式のフラッシュインタビュー(勝者、敗者のキャプテンがコメント)があり、負けチームは1分20秒後に、キャプテンを連れていかなくてはいけないのです。勝っても3分後ですから、私はベンチにいないと絶対に無理だと言って、いさせてもらいました。キャプテンのリーチ マイケルには、申し訳ないけど、試合後にすぐに迎えに行く旨を伝えました。もちろん、勝敗のことは触れていません。

 結局、3分後にリーチを連れて行くことになりました。だから、勝った瞬間は感動しましたが、インタビューのことが頭にあって、感動に浸る時間がありませんでした。

 私はラグビーのルールもよく分かっていなくて、最後にスクラムを選択した場面も、そのPKからどんな選択肢があるかも分からなかったんです。だから、スクラムを選択してスタンドが沸いたので、ああ凄いんだなって思ったくらいで(笑)。

   この試合を見ていて最初に涙が出たのは、後半の五郎丸選手のトライでした。日本代表はBKが素早く動いてパスを多用するチームというイメージですが、2014年の後半くらいからFWのチームになっていたと思うんです。2015年もBKのトライが少なくて、選手は辛いだろうと思っていました。それがあの大舞台でBKのトライができた。良かったなって思うと涙が流れました。これで負けてもいいと思ったほどです。

 

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 翌日からの取材対応は、本当に大変でした。日本のメディアは私たちがお願いしていたプロトコルを守ってくださって、それには感謝しています。でも、あまり事情を知らない海外メディアはお構いなし。朝から取材依頼と問い合わせの電話が鳴りっぱなしです。「BBCのブライトンです」、「BBCのロンドンです」と、BBC(英国国営放送)だけでも、たくさんある。もう誰が誰だか分からない。とりあえず、メールを送ってもらって次々に処理しました。

 フランスのレキップ紙の記者は、「会社からもうフランス代表を捨てていいから、日本代表につけと言われた」と言っていました。これにはびっくりしましたね。

 驚いたのは、アメリカのCNNから連絡があったことです。「エディーとリーチに、ロンドンのスタジオに来てほしい」というのです。ラグビー人気が高くないアメリカのテレビ局まで取材をしたがっている。本当に凄いことをやったのだと実感しました。スコットランド戦直前だったので断ったのですが、「ウォリック(キャンプ地)に行くからインタビューさせてください」ということで取材に来ました。

 その他、イングランドの各ラジオ局の依頼は電話出演で応じました。当時、エディーは南アフリカのストーマーズのヘッドコーチ就任が決まっていたので、南アフリカのメディアの取材も多かった。今思い出しても、あの取材の多さはほんとに凄かったです。

   スコットランド戦に負けたことで海外メディアの取材は少し落ち着きましたが。

 

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ラグビーはコンタクトがあるからこそ

選手の一生懸命さが伝わるスポーツ

 

 大会中のキャンプ地のブライトン、ウォリックでは、練習グラウンドが由緒正しいパブリックスクールでした。南アフリカ戦の前までは学校の先生も生徒も日本代表に興味がなかったようです。しかし、初戦が終ると変わりました。ブライトンでは、南アフリカに勝った翌日が最後の練習だったのですが、その学校の全校生徒900人が日本代表のバスが到着すると、グラウンドまでみんなで花道を作ってくれたのです。

 次のキャンプ地のウォリックの練習場は、幼稚園から高校まで一貫教育のパブリックスクールだったのですが、そこでも生徒たちが花道を作ってくれました。どこに行っても、日本代表のチームバスを見ると多くの人が手を振ってくれて、エディーさんが目標に掲げていたことの一つ「チーム・オブ・ザ・トーナメント」が達成できたのだと実感しました。

 4試合を終え、帰国することになったときは、これから忙しくなると思ったし、帰国記者会見のことで頭がいっぱいでした。帰国記者会見がテレビで生中継されるというのは、日本のラグビー史上初めてのことです。そもそも、予選で敗退したチームが帰国記者会見すること自体が異例です。3勝したことは歴史的にすごいことですが、「予選敗退」という意味では今までと結果は同じです。だから、舞い上がってはいけないと思いました。

 優勝もしていない。メダルもトロフィーも何もない。会見後に集合写真の撮影などはしたくなかった。ただ、選手達とは事前に話をして「明るい雰囲気でやろう」となったので、全体の会見が終ったらリーチキャプテンに締めてもらい、その後は淡々と退場して個別取材に応じました。エディーさんは、私に対して広報のプロフェッショナルという態度で接してくれました。メディアの大切さを分かった、プロフェッショナルなヘッドコーチだったと思います。

 今回、広報担当になったことでラグビーのようなコンタクトスポーツを初めて間近で目にしたのですが、コンタクトがあるからこそ、観ている人に一生懸命さが伝わるし、身を削ってボールをつなぐということが、初めての人にもわかりやすいスポーツなんだろうなと感じました。深いことは分かっていないのですけれど、日本代表の広報担当を務めている間は、普通の人の目線を失わないように、一般の人に近い視点でチームにも意見が言えるようにしたいと思っていました。

 2019年、日本で行われるRWCには、私は違った立場で関わることになりそうです。今回、ラグビー界にとっての歴史的な場に居合わせたのですが、取材陣の多さなどは、サッカーの日本代表では日常的なことです。だから、ラグビーの日本代表も今回のメディアの多さを日常にしてほしいです。多くの注目を浴びるだけのことをしている人たちだと思っていますので。

 

TEXT by KOICHI MURAKAMI

 

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