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山下裕史

山下裕史(やました・ひろし)
生年月日:1986年1月1日。大阪府出身
日本代表キャップ数:49 
RWC出場歴:2015
ポジション:PR

ラグビー略歴:都島工業高校→京都産業大学→神戸製鋼コベルコスティーラーズ(8年目)

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 スクラム最前列で体を張る山下選手は、183㎝、120㎏のサイズながら抜群の瞬発力でハードタックルを繰り出し、独自の存在感を放っています。スクラムの強さにも定評があり、昨秋のRWC2015では全試合に出場して史上初の3勝に貢献しました。国内シーズン終了後の2月4日には、スーパーラグビーのチーフス(ニュージーランド)への期限付き移籍を発表。「自分にとって新たなチャレンジ。多くのことを吸収し、成長した姿で神戸に帰ってきます」とコメントしています。本欄のインタビューは発表前の取材。山下選手がRWC2015を振り返ります。

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帰国後の周囲の変化を実感する日々

嬉しかった、よしもとラグビー新喜劇出演

 

 RWCから帰国後は、会社の方々などから声をかけてもらうことが多くなりましたね。住んでいるマンションでは、普段はスウェットにサンダルで歩いているのですが、これまでは「この体の大きな、サンダルのおっさんは誰やろう」と思われていたでしょうけど、RWC後は子供たちからじっと顔を見られるようになって、認知されたみたいです。まあ、以前と変わらず、スウェットとサンダルで歩いていますけど(笑)。

 メディアなどに出演した中で嬉しかったのは、「よしもとラグビー新喜劇2016」に出演できたことです。特に僕は大阪で生まれ育ったから、土曜日に家で昼ごはんを食べるときは、吉本新喜劇を見るのが当たり前でした。その舞台に自分が立って、目の前で新喜劇が繰り広げられている。お客さん気分で楽しかったです。日本代表での大変だった日々を吹っ飛ばしてくれるような嬉しさでした(笑)。

 去年の春から夏にかけての日本代表の宮崎合宿はきつかったですね。4、5月はアジアの大会があり、試合前日は練習量も減るので息抜きができたのですが、6月はひたすらしんどい練習が多かった。同じ部屋だった稲垣啓太によく愚痴をこぼしていました。

 そんなトレーニングを乗り越え、RWC初戦の南アフリカ戦のメンバーに名前があったときは嬉しかったですね。同じポジションでずっと一緒にトレーニングしてきた垣永真之介(バックアップメンバー)たちの分までやらなきゃいけないと思いました。

 

南アフリカ戦では突然の出場でパニックに

後のトライは遠くて確認できず

 

 南アフリカ戦は、開始10分で先発の畠山健介が脳震盪のチェックでいったん退場しました。「えっ?まだ早いでしょ」とテンパりました(笑)。リザーブ(控え)から出場するときは、だいたい僕のプレータイムは、15分か20分です。トレーナーに畠山が戻ってこられそうなのかどうか聞きましたね。戻ってこられるなら、その10分に集中すればいいし、戻ってこないならそのまま最後までやる可能性もあったわけです(※結局、脳震盪チェックは問題なし、畠山選手は戻ってきた)。とにかく無我夢中でプレーしましたね。

 あの試合で印象に残っているのは、リーチマイケルがモールからトライをしたシーン(前半29分)です。僕はその場にいなかったのですが、チーム一丸となって世界最強のFWからトライがとれた。それまでやってきたことの成果が出たということで嬉しかったです。

 南アフリカのFWは重かったです。僕が一時出場しているときにモールでトライを奪われたのですが、モールを作る上手さ、圧力ともにすごかったです。だから後半、南アフリカがゴール前のPKからモールを組まずに、PGを狙ってくれたのはラッキーだったと思います。

 最後の逆転シーンを映像で見返すと、攻撃の起点になるスクラムで押されているのでゾっとします(苦笑)。それまでは、いいスクラムが組めていたのに、最後だけ圧力を受けた。HOの木津武士と話したのですが、アーリーヒット気味に当たられたので、組み直しになると思ったらしいです。少し気を抜いたら、そのまま差し込まれた。バックロー(FW第三列)がボールをキープしてくれたことに感謝しなくてはいけないですね。

 一連の攻撃では、最後にリーチが大外(右のタッチライン際)で突進したときにオーバー(相手を押し込む動き)に入っています。そのまま左タッチライン際にボールが運ばれていったので、僕は最後のトライを見ていない。ただ、観客が沸いたのでトライになったのだろうと感じました。トライなら勝っている。すぐにリーチのところに行って、「勝ったで」と言いました。リーチは「えっ?」という顔をしてびっくりしていました。

 やってきたことが報われた嬉しさと、勝った喜びとで泣けたし、試合中のしんどさもあって過呼吸のようになっていました。

 

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拘束時間も長く、大変な思いもしたが、

最後はこのチームを離れるのが寂しかった

 

 南アフリカ戦後は次のスコットランド戦が4日後に控えていることがあって、みんな意外と冷静でした。勝ったことの大きさをまだ感じられていなかったのかもしれません。

 翌朝、街に出ると車のクラクションが鳴らされて「ナイス!ジャパン!」というような声をかけられました。一日でこんなに変わるのかと思いましたね。

 今後、生きていく中で、これ以上の出来事を起こすのは難しいかもしれないです。タイミングも良かった。日本は南アフリカ戦にピークを持って行きましたが、南アフリカは決勝トーナメントを見据えて初戦はまだウォーミングアップのような気持ちだったと思います。試合運びは日本のプラン通りでした。

 大きな一勝でしたが、目標は決勝トーナメント進出だったので、スコットランド、サモア、アメリカには勝ちに行かなくてはいけない。そんな気持ちになりました。RWCに出場することすら難しいのに、こんなチャンスはないのですから。

 

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 最後のアメリカ戦前日、サモアがスコットランドに負けて、決勝トーナメント進出はなくなりました。4試合が終って、日本に帰ることになったときは、ちょっと寂しかったです。RWCは楽しい時間でした。代表活動期間中はしんどかったですけど、ラグビーだけに打ち込める、いい時間でもありました。

 2019年は日本にRWCがやってきます。日本人が世界各国のチームバスが来たときに手を振れるような、そんな温かい雰囲気作りができればいいですね。観客席の半分は日本人、そして開催地の人々で埋めたい。日本でRWCが開催されることはこの先数十年ないでしょうから、日本の皆さんには思い切り楽しんでほしいですね。

 僕自身は、いつまで現役を続けられるか分かりませんが、35歳を目指して頑張りたいです。2019年は年齢的にもいい時期だと思います。日本はRWC2015の成績によって、2019への期待は高いでしょうし、選手にはよりプレッシャーがかかってきます。そこからは逃げたい気持ちもあります(笑)。でも、イングランド大会には親を呼べなかったので、日本大会ではプレーする姿を親に見せたいです。自分の子供達にもぜひ。上の子が7歳になっているので、RWC2019でプレーする姿を見せられたらいいですね。

TEXT by KOICHI MURAKAMI

 

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インタビューはこちらの動画でもお楽しみいただけます。