My Rugby World Cup Stories

Stories

2015年9月19日、日本代表が南アフリカ代表を破った勝利は、「ラグビー史上最大の番狂わせ」として世界中に報道された。なかには、「スポーツ史上最大の衝撃」とするメディアもあったほどである。1987年の第1回大会以降、4年に一度のラグビーワールドカップ(RWC)は幾多の名勝負を生んできた。

日本代表にとっては強豪国に挑戦しては跳ね返される苦難の日々でもあった。勝利は1991年大会のジンバブエ戦のみ。その日本代表が、28年におよぶRWCの歴史の中で最大のアップセットを成し遂げて見せたのだ。

エディー・ジョーンズヘッドコーチの下、世界一のフィットネスを身に着け、緻密な戦略を磨いての24年ぶりRWC勝利。それをラグビー大国・南アフリカ代表からあげた日本代表は、世界中の人々に勇気を与え、ヒーローとなった。

本企画は、第77回までは過去のRWCに関わった選手、スタッフにインタビューしてきたが、今後しばらくは、RWC2015に出場した選手、それを支えたスタッフの皆さんの話をうかがっていきたい。歴史的勝利、史上初の3勝はいかにして成し遂げられたのか。思い出話を聞くだけではもったいない。今後の日本ラグビーに生きるエピソードや、希望も聞いてみたい。では、さっそく、日本ラグビーの歴史を変えた選手、スタッフの声に耳を傾けてみることにしよう。

村上 晃一 (ラグビージャーナリスト)

村上 晃一 (ラグビージャーナリスト)

ラグビーマガジン編集長を経て、現在フリーランスの編集者、記者、ラグビー解説者として活躍。近年のワールドカップでは現地よりコメンテーターを務める。自身も学生時代に西日本学生代表として東西対抗に出場(86年)。現役時代のポジションはCTB/FB。

鎮 勝也 (スポーツライター)

立命館大学ラグビー部OB。在阪スポーツ新聞2社で内勤、外勤記者をつとめ、フリーで活動中。

IMG_1214_02

2016.8.9

第94回 井澤秀典

 井澤秀典さんは、2012年よりラグビー日本代表のトレーナーとなり、メディカル部門のスタッフとしてチームをサポートしました。多くのスタッフが、2015年のRWCの終了後、いったん日本代表を離れた中で、井澤さんはサンウルブズのトレーナーとしてもチームに帯同。6月の日本代表戦もサポートしました。トレーナーとは、どんな仕事 続きを読む

IMG_1097

2016.7.26

第93回 ホラニ龍コリニアシ

 流暢な日本語を操るホラニ龍コリニアシ選手は、日本のラグビーシステムで育ち、ずっと憧れだった日本代表にまで上り詰めました。しかし、2011年のRWCは初戦(対フランス代表)で膝を痛めて戦線離脱を余儀なくされます。満を持して臨んだ2度目のRWC2015でも直前に負傷。それでも夢を追い求め、RWCの舞台 続きを読む

IMG_1046

2016.7.5

第92回 新田博昭

  新田博昭さんは、2015年春、日本代表のS&Cコーチに就任し、RWC2015に帯同しました。サントリーサンゴリアスのS&Cコーチの時代からエディー・ジョーンズ氏との縁は深く、そのコーチングのアプローチもよく知っているつもりでの参加でした。しかし、日本代表を南アフリカ代表に勝たせようとするジ続きを読む

IMG_0961

2016.6.14

第91回 高澤祐治

    高澤祐治さんは、2012年から日本代表のチームドクターとなりました。コーチやトレーナーと相談しながら、選手のコンディションを管理し、怪我をした選手を早期復帰に結び付けるなど、エディー・ジャパンの快進撃を支えました。南アフリカ代表戦勝利の瞬間は、メディカルスタッフとしてグラウンド脇で選手に寄り続きを読む

IMG_0924

2016.5.24

第90回 佐藤秀典

    佐藤秀典さんは、デスメタルバンド「インファーナル・リバルジョン(悪魔的憎悪)」のボーカリストでありながら、ラグビー日本代表の通訳を務めるという異色のキャリアの持ち主。その経歴は、昨年のラグビーワールドカップ2015イングランド大会でも現地で話題になりました。オーストラリアのゴールドコーストで覚えた英語続きを読む

fukumoto

2016.5.10

第89回 福本美由紀

    RWC2015イングランド大会で世界を驚かせた日本代表が、ひとつの武器にしたのが低く結束力のあるスクラムだった。きめ細やかな指導で日本代表の弱点を強みに変えたのは、マルク・ダルマゾコーチだった。そして、元フランス代表のダルマゾコーチのフランス語を、忠実に、ときには言葉を足して選手に分かりやすく伝えたの続きを読む

IMG_0786

2016.4.19

第88回 宮崎良平

  バゲージマスターとは、簡単に言えば用具係ですが、練習用具の管理、準備はもちろん、練習場やバスの手配など、チームに必要なものはすべて取りそろえる重要な役目です。宮崎良平さんは、ラグビーのまち東大阪市で生まれた生粋のラグビーっ子。日本で一番花園に近い学校「英田中学」を卒業すると、ニュージーランドにわたり、ラグ続きを読む

IMG_0875_02

2016.4.5

第87回 渡邉まゆ子

  渡邉まゆ子さんは、RWC2015で、日本代表のチーム広報を務め、世界中のメディアの取材や要望をてきぱきとさばきました。子供の頃からオリンピックに関わるのが夢で、アメリカの大学に留学してジャーナリズムを学び、サンケイスポーツ新聞に勤務したのち、主にサッカーチームの広報担当として経験を積みました。外部からやっ続きを読む

IMG_2716_2

2016.3.15

第86回 中島正太

    中島正太さんは、RWC2015で活躍した日本代表の分析(アナリスト)担当としてチームを支えました。ラグビーを始めたのは5歳(葛飾ラグビースクール)の頃です。中学から本格的にラグビーをはじめ、SOとして熊谷工業、筑波大学でも活躍しました。卒業後はセコムラガッツでアナリストとしてチームスタッフとなり、20続きを読む

DSC01243

2016.3.1

第85回 伊藤鐘史

      伊藤鐘史という名前には、歴史に響く鐘を打てというお父さんの思いがあるそうです。まさに世界中の人々を驚かせ、感動させた日本代表の一員となった伊藤選手は、2012年、31歳になって日本代表に選ばれるという遅咲きの選手でした。RWC2015の日本代表を率いたエディー・ジョーンズ氏は、そのクレバ続きを読む